脱ハンコ・脱FAXの進め方|押印は法律上の要件ではないという政府見解と、電子化で増える保存義務

ペーパーレス

「取引先がハンコを求めるから脱ハンコは無理」と考えて止まっている場合もあるかもしれません。ただ、特段の定めがある場合を除き、契約書への押印は法律上の要件ではありません。内閣府・法務省・経済産業省が連名で出した「押印についてのQ&A」が、そう整理しています。

一方で、脱ハンコ・脱FAXにはあまり語られない落とし穴があります。紙をやめてデータで受け取るようにすると、そのうち注文書・請求書・領収書といった取引情報にあたるものは、電子帳簿保存法の保存義務の対象になります。この記事は、押印Q&Aと国税庁の一問一答という2つの一次資料から、「やめてよい押印」と「やめた後に増える義務」の両方を整理します。

出典と確認日
押印についてのQ&A(内閣府・法務省・経済産業省、令和2年6月19日)
https://www.moj.go.jp/content/001322410.pdf
電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(国税庁、令和7年6月)
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/pdf/03-6.pdf
条文はe-Gov法令検索で確認しています(民法、会社法、民事訴訟法、電子署名及び認証業務に関する法律)
確認日:2026年9月12日
本記事の引用は上記資料に基づきます。制度は改定されるため、実務にあたっては最新版をご確認ください。

契約書の押印は、特段の定めがある場合を除き法律上の要件ではない

押印についてのQ&Aは、契約と押印の関係をこう整理しています。

「書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない」

「特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない」

つまり、契約は当事者の合意で成立し、押印はその成立要件ではありません。

「特段の定めがある場合」は自分で確かめる必要がある

押印Q&Aは、どの類型が「特段の定め」に当たるかを列挙していません。ここから先は個別の法令を見ることになります。そして、「押印が要る」と「書面が要る」は別の話です。

  • 押印そのものを求めている例:民法第968条第1項は自筆証書遺言について「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」と定めています
  • 書面を求めている例:民法第446条第2項は保証契約について「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。」としています。求められているのは書面であって押印ではなく、同条第3項により電磁的記録でも書面とみなされます

自社の書類がどちらに当たるかは、書類ごとに確認する必要があります。

それでも押印が使われてきた理由

押印に意味がなかったわけではありません。理由は訴訟になったときの証拠力にあります。押印Q&Aは、押印のある文書に2段階の推定が働くことをこう説明しています。

「印影と作成名義人の印章が一致することが立証されれば、その印影は作成名義人の意思に基づき押印されたことが推定され、更に、民訴法第228条第4項によりその印影に係る私文書は作成名義人の意思に基づき作成されたことが推定される」

一段目は判例に基づく事実上の推定で、二段目が条文です。民事訴訟法第228条第4項は「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と定めています。代理人の署名・押印でも推定が働く点は、見落としやすいところです。

逆に言えば、印鑑を誰でも持ち出せる場所に置いている会社では、一段目の「本人の意思に基づく押印」という推定が崩れます。押印そのものが証拠力を生むわけではありません。

脱ハンコで実質的に問われるのは、契約が成立するかどうかではなく、この証拠力をどう代替するかです。

Q&Aが挙げる代替手段

押印についてのQ&Aは、押印に代わる証拠を、相手先との関係で分けて説明しています。

  • 継続的な取引関係がある相手:これまでの取引実績や、メールの送受信記録が証拠になる
  • 新規に取引関係に入る相手:本人確認の情報を記録・保存する、契約の成立過程のやり取りを保存する
  • いずれの場合も:電子署名・電子認証サービスを活用する

このほか、文書にパスワードを設定する、パスワードを別経路で伝える、複数名を宛先に含めてメールを送る、といった方法も挙げられています。

重要なのは、これらが「押印の完全な代わり」として1対1で対応するものではなく、組み合わせて証拠を積み上げるという発想になっている点です。契約書だけでなく、そこに至るやり取りの記録が証拠になります。

電子署名には、押印と同じ構造の推定規定がある

電子署名及び認証業務に関する法律(平成12年法律第102号)第3条は、押印と同じ形の推定規定を置いています。

「電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。」

実質的な条件は括弧の中にあります。「必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができる」ものに限られるため、社内で誰でも使える状態になっている電子署名では、この推定を受けられないと考えられます。印鑑を誰でも持ち出せる場所に置いていれば一段目の推定が崩れるのと、同じ構造です。

電子契約サービスを比べるときに効いてくるのはここです。画面の使いやすさではなく、署名が本人だけに紐づく仕組みになっているか、その管理を自社で運用しきれるかが、証拠力を左右します。

ここからは筆者の見解です

この整理を実務に落とすと、書類を金額とリスクで3つに分けるのが素直だと考えています。

  • 社内文書(稟議・申請・報告):相手方がいないため、二段の推定を持ち出す場面が少ない層。先に手をつけやすい。ただし取締役会議事録は別で、会社法第369条第3項が、議事録を書面で作成するときは出席した取締役および監査役の署名または記名押印を求めています(電磁的記録で作る場合は同条第4項により、法務省令で定める代替措置をとります)
  • 定型の取引書類(注文書・注文請書・納品書):メールやシステムの記録が残るなら、押印を外しても実害が出にくい層
  • 金額の大きい契約・継続的な基本契約:紛争になったときの損失が大きいため、電子署名サービスを使って証拠力を確保しておきたい層

この3つを同じスピードで進めようとすると、一番慎重に扱うべき契約書に引きずられて、社内文書の押印まで残り続けます。層ごとに別のスケジュールで進めるほうが、結果的に早く終わります。

脱FAXの落とし穴——ペーパーレス受信は「電子取引」になる

ここが、この記事で最も注意してほしい点です。

FAXをやめる方法として、インターネットFAXや、複合機でのペーパーレス受信への切り替えがよく取られます。紙が減って手間も減るのですが、税務上の扱いが変わります。国税庁の電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和7年6月)の問5は、電子取引に該当する取引形態のひとつとして「ペーパーレス化されたFAX機能を持つ複合機を利用」する場合を挙げ、いずれの形態でも取引情報に係るデータを保存しなければならないとしています。

保存の仕方にも条件が付きます。同じ問5は、複合機での受信については受領者側でデータの訂正削除ができるため、受領者側でタイムスタンプを付与すること、または事務処理規程(電子帳簿保存法施行規則第4条第1項第4号)に基づいて適切にデータを管理することが必要だとしています。規程を作らなければならないと決まっているわけではなく、タイムスタンプとの選択です。訂正削除の記録が残るクラウドサービスを使う場合は、また別の扱いになります。

つまり脱FAXは、「紙を減らす作業」であると同時に「保存義務の対象を増やす作業」でもあります。切り替えと同時に、受信データの保存場所・ファイル名の付け方・検索できる状態の確保を決めておかないと、あとから過去分をさかのぼって整理する羽目になります。電子取引データの保存要件そのものは電子帳簿保存法とは?3つのルールと義務化の内容と電子帳簿保存法の実務対応で扱っています。

順序を逆にしない

保存ルールを決めてから受信をデジタル化する、という順序にすれば追加の作業は発生しません。逆にすると、ルールのないまま溜まったPDFを後から整理することになります。ツールの切り替えより先に、保存先と命名規則を決めてください。

社内の押印をやめる手順

手順1:押印の一覧を作る

どの書類に、誰が、どのタイミングで押印しているかを一覧にします。書類名・押印者・頻度・押印の目的の4列で足ります。目的の列を作ると、「慣習で続いているだけで、目的を説明できない押印」がはっきりします。

手順2:目的を説明できない押印から外す

ツールを入れる前にこの見直しをやると、導入するワークフローの範囲そのものが小さくなります。押印を残したまま電子化すると、紙の手順をそのまま画面に移しただけの仕組みができあがります。

手順3:残った承認をワークフローに移す

稟議・経費精算・各種申請をワークフローシステムに移すと、承認のために出社する必要がなくなります。経費精算は件数が多く、承認者も多いため、最初の対象として範囲を区切りやすい領域です。

取引先への切り出し方

相手先との関係は、社内の手順とは別の問題です。次の順で進めると摩擦が小さくなります。

  1. まず可否を聞く。「メールでの受け渡しも可能ですか」と確認するだけで済む場合があります
  2. 移行期間を設ける。「FAXでもメールでも対応できます」という並行期間を挟むと、相手側の準備が間に合います
  3. 相手側の利点を具体的に示す。転記の手間が減る、注文履歴がデータで残る、といった相手の業務に即した説明のほうが通りやすくなります
  4. 法的な裏づけを添える。押印を外す提案に難色を示された場合、押印についてのQ&Aが政府の公式見解として存在することを示せます

なお、押印を外すことと電子契約サービスを導入することは別の判断です。押印をやめるだけならツールの費用はかかりません(社内規程の改訂や取引先への周知といった手間は生じます)。電子署名サービスは、証拠力を確保したい契約に絞って使うほうが費用対効果が出ます。

費用と補助金

電子契約サービスやワークフローシステムは月額課金が中心で、初期費用より継続費用の比重が大きくなります。ソフトウェアの導入費用を補助する制度としてはデジタル化・AI導入補助金2026とは?(旧IT導入補助金)からの変更点と申請手順が近く、登録されたツールの導入が対象になります。補助金を前提としない場合の予算の考え方は中小企業のDX予算はいくら必要かで扱っています。

請求書まわりを含めたペーパーレス化の全体像は請求書のペーパーレス化で整理しています。

着手する前のチェックリスト

  1. 押印の一覧を作り、目的を説明できない押印を洗い出したか
  2. 法律が書面・押印を求めている類型が含まれていないか確認したか
  3. 押印を外す書類について、メールや承認履歴などの記録が残る形になっているか
  4. 証拠力を確保したい契約を、金額や継続性で線引きしたか
  5. FAXをペーパーレス受信に切り替える前に、保存先と命名規則を決めたか
  6. 切り替えるデータが電子取引に該当することを、経理と共有したか
  7. タイムスタンプと事務処理規程のどちらで保存要件を満たすか決めたか
  8. 取引先に並行期間を設けたか
  9. 月額費用を年額に直して、継続して払えるか確認したか

まとめ

契約書への押印は、特段の定めがある場合を除いて法律上の要件ではありません。押印が担ってきたのは契約の成立ではなく、訴訟になったときの証拠力です。代替手段はメールの送受信記録・本人確認情報の保存・電子署名サービスで、これらを組み合わせて積み上げる形になります。ただし自筆証書遺言のように法律が押印そのものを求めている書類や、取締役会議事録のように会社法が署名または記名押印を求めている書類は別に扱ってください。

脱FAXについては、ペーパーレス受信に切り替えた時点でそのデータが電子取引に該当し、電子帳簿保存法の保存義務がかかります。保存要件は、タイムスタンプの付与か事務処理規程による管理かを選ぶ形です。紙を減らす作業と、保存ルールを決める作業は同時に進めてください。順序を逆にすると、整理されないPDFが溜まってから対応することになります。

出典

本記事は2026年9月12日時点で公開されている資料に基づいて作成しています。法令および取扱いは改定されることがあります。個別の契約や税務上の取扱いの判断については、弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく判断・行動により生じた結果について、当サイトは責任を負いかねます。

IT業界で30年近く、大企業向けCRM・CMS開発や証券系システム開発に携わってきたエンジニア。葬儀会社をはじめとする中小企業のDX支援の現場で、「ペーパーレスが進まない」「FAXが手放せない」といったリアルな壁を数多く見てきた経験をもとに、"現場で本当に使えるDX情報" を発信しています。

中小企業DXナビ編集部をフォローする
ペーパーレス
中小企業DXナビ編集部をフォローする
タイトルとURLをコピーしました